車載アプリケーションのためのポリマー材料特性評価

バンパーの裏に隠されている車載用レーダーセンサは、正しい周波数領域で送信する必要があります。通常、レーダーの透過領域は、センサを効果的に隠すために車両の他の部分と完全に同じ塗料で塗装されています。バンパーの塗料とコーティングを選択するには、その材料特性を把握する必要があります。従来は、準光学素子または導波管をベースとしたセットアップのいずれかとベクトル・ネットワーク・アナライザ(VNA)が使用されていました。このアプリケーションカードでは、R&S®QAR50 車載用レドームテスターを用いて車載用レーダーの周波数領域(76 GHz~81 GHz)で材料特性評価を行う簡易的な手法を紹介します。

R&S®QAR50 車載用レドームテスター
R&S®QAR50 車載用レドームテスター

課題

自動車バンパーは一般的に、基材、プライマー、塗料、クリアコートといった複数の層で構成されています。基材は通常、ポリプロピレン(PP)またはポリカーボネイト(PC)であり、これがバンパーの形状を形成しています。多くの場合、基材は最も厚い層を構成しています。しかし、レーダー信号に最大の影響を与えるのが基材層とは限りません。なぜならば、一般的に、紫外線耐性、剛性、レーダー減衰性などを改善するために、さまざまな充填剤を使用して層の特性を調整できるからです。

プライマーは、塗料と基材の密着性を高めるために第2層に塗装するものです。プライマー層の厚さは一般的に数マイクロメートルです。この層とそれに重なる層の厚さを測定する際には、いくらかの不確かさが生じる可能性があります。

第3層は、プライマーに塗装される塗料です。塗料層の厚さは塗料の不透明度によって決まり、通常はかなり薄くなります。

塗料を環境の影響から保護するために、最後の層である第4層にクリアコートが塗装されます。

電磁特性を予測するには、各層の厚さに関する正確な情報が必要になります。各層の厚さは、走査型電子顕微鏡で判断します(図1参照)。

図1:自動車パンバーサンプルの各種層を示す顕微鏡写真:上から順に基材(PP)、プライマー、塗料、クリアコート。
図1:自動車パンバーサンプルの各種層を示す顕微鏡写真:上から順に基材(PP)、プライマー、塗料、クリアコート。
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すべての層を、個別に特性評価する必要があります。以下のステップで、4種類のサンプルを使用して4層すべてを特性評価します。

  • 最初に、基材を解析します。
  • 次に、特性評価済みの基材にプライマーを塗装して解析します。
  • 第3、第4のステップでは、前の層に次の層を塗装するという同じロジックを繰り返します。

顕微鏡写真を撮影するには、サンプルを破壊する必要があります。上記の測定はすべて、事前に実施する必要があります。次のセクションでは、サンプルに必要なRF解析について解説します。

ローデ・シュワルツのソリューション

R&S®QAR50による誘電率の予測

サンプルの誘電率により、電磁波が材料を通過する速度と、波の伝搬がどの程度遅れるのかが決まります。電磁波の速度が低下すると、材料内部の波長が短くなります。周波数をfとし、真空中の光の速度をc0とすると、波長λ0は、次のように定義されます。

式1

一般的な車載用レーダーの周波数:fradar=76.5 GHz、波長:λ0=3.92 mmです。

比誘電率がεrの材料内部の波長は、次のように計算されます。

式2

サンプルのポリプロピレン(PP)シートの比誘電率εrは約2.5なのでこれを採用すると、PPシートの波長λPP=2.34 mmと計算されます。誘電率により波長は短くなるため、MUT(被試験材料)の厚さがわかれば、位相測定値を使用して誘電率を計算できます。一般的な手順を以下に示します。

相対的な位相差を用いて誘電率を計算する方法

R&S®QAR50は空中伝搬に対して正規化されており、2つのクラスター間にはさまれる材料のすべてが、受信アンテナでの位相を変化させます。サンプルを特性評価するためには、測定経路内のMUTから生じる位相差が必要です。

基準として、自由空間における距離dでの位相Φ(°)を次のように計算します。

式3

厚さがd’の材料を通過したときの位相Φ’を次のように計算します。

式4

R&S®QAR50で取得される位相変化δΦはΦとΦ’の差なので、次の式に等しくなります。

式5

PVCシートの厚さが2.92 mmで、予測誘電率εrが約2.5の場合、予測位相差δΦは約158 °になります。

R&S®QAR50で測定しているのは位相差δΦなので誘電率εrを計算する必要があります。そのため、上の式を次のように変換する必要があります。

式6

位相差は知らないうちに360 °の倍数になる可能性があるため、結果として得られる誘電率は一意ではありません。可能性のあるすべての解を、n Σ N0に対して計算できます。

サンプルに複数の層がある場合は、決定する層を除くすべての層を事前に特性評価する必要があります。その後で初めて、既知の層を正規化して除去することができます。

R&S®QAR50は、ソフトウェアにより計算を簡素化しています。誘電率計算機は、R&S®QAR50の精密な位相測定結果を使用します。次の例で確認できます。

図2:基材層を誘電率計算機にロード。153 °(76.5 GHz)の位相変化から計算された誘電率はεr=2.47。
図2:基材層を誘電率計算機にロード。153 °(76.5 GHz)の位相変化から計算された誘電率はεr=2.47。
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塗装されたバンパーサンプルの特性評価

先と同じサンプルセットを使用します。各種層の厚さは既知で、特性評価のために個々の層を含むプレートを使用できます。個々の層の厚さについては図1を参照してください。

図3:プライマー、塗料、クリアコートを特性評価するための正規化層を追加
図3:特性評価済みのPPシート(誘電率の計算値εr=2.47)の最適な厚さ
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基材PPプレートの厚さは2.92 mmで、76.5 GHzにおける位相差の測定値は約153 °です。入力パラメータに測定結果を使用すると、ツールは、そのプレートの誘電率εr=2.47を計算します。図2に、ソフトウェアの計算結果を示します。

以下で説明するRF計算ツールを使用すると、最適な厚さdoptを、反射/伝送損失の最小値から導くことができます。反射の最小値はサンプルの共振周波数と相関があり、材料内での波長の半分の倍数で発生します。

残りの層の特性評価をするために、基材を正規化して除去する必要があります。基材の誘電率が既知になったので、プライマープレートも正規化できます。

正規化層をソフトウェアに追加して、その次の測定結果をロードします。

正規化は、以前の測定に基づいて行うか、または、厚さと誘電率が定義された層を手動で追加するか、いずれかの方法で行うことができます。この例では、正規化層の厚さは2.92 mmです。εr=2.47を手動で追加すると、これがツールの右側に可視化されます。プライマーの厚さ(図1参照)とR&S®QAR50で測定された位相シフト(5.3 °)に基づくと、プライマーの予測誘電率εr=18.3となります。結果は図3で確認できます。

図4:3つの処理済みサンプルの顕微鏡写真
図4:3つの処理済みサンプルの顕微鏡写真。一部の層では厚さに大きな違いが見られます。Sample #1(生のPP)は、スケールが異なるため掲載していません。
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第2層を特性評価してすぐに、前述のステップを用いて残りの層を予測できます。正規化のために特性評価済みの層が追加されると、ツールが未知の誘電率を計算します。

サンプルをまたがる層の厚さが異なる場合があるため、正規化層を追加する際は注意してください。図4に、光学顕微鏡で撮影したサンプルの顕微鏡写真を示します。中央のSample #3(塗料の特性評価用)とSample #4(クリアコートの特性評価用)では、塗料層の厚さが大きく異なることがわかります。

結果の評価とRFシミュレーション

サンプルをロードして特性評価すると、ツールの下部に結果の評価(Result Evaluation)とRFシミュレーション(RF Simulation)の領域が表示され、プレート固有の値が自動的に入力されます。

「Read Result」には、選択したサンプル評価領域全体の平均伝送位相が表示されます。これはR&S®QAR50で測定された値です。DUTの伝送位相と厚さを最上部に入力すると、サンプルの比誘電率が前述のとおりに計算されます。R&S®QAR50は、伝送位相を正確に測定しますが、比誘電率の計算値は厚さ測定の確度にも依存します。

図5:厚さ測定と位相測定の結果の偏差に伴う比誘電率の計算結果の変化
図5:厚さ測定と位相測定の結果の偏差に伴う比誘電率の計算結果の変化
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測定の不正確さによる影響
両方の値が誘電率の計算値に等しく影響するため、厚さ測定には注意が必要です。図5に、不正確な厚さが伝送位相測定に与える影響を図示します(厚さd=20 μmのコーティングで位相シフトΔφ=6 °が生じた場合、結果として得られた誘電率εrは約17.8)。不正確な位相/厚さの測定値が与える影響を示すために、厚さ測定は±3 μm、伝送測定は±1 °の測定確度(ともに代表値)で両方のパラメータを評価しています。図5から、測定結果が不正確になるほど、X軸上の比誘電率の計算値が大きく変化することがわかります。材料のRF特性を測定するときや層の厚さを決定するときには注意が必要です。

先に明らかにした影響は、誘電率が低い材料(PCまたはPPなど)ではそれほど大きくありません。一般的に、このような材料がコーティング工程の基材として使用されています。

誘電特性の最適化
材料と材料スタックをシミュレートしてレドームの仮想複製を作成するには、誘電率と損失係数を把握する必要があります。比誘電率εrは材料内の波長の圧縮係数に相関をもつ一方で、tan δ(損失係数)は層から伝送される信号の特定の減衰を特徴付けます。

ローデ・シュワルツの誘電率計算機は両方のパラメータを計算でき、レドーム層のシミュレーションに最適です。

誘電特性を予測するためのツールは、誘電計算機ソフトウェアの左下にあります。計算機はオプティマイザーを使用して、誘電率と損失係数に基づく周波数応答の測定値と計算値の間で最適値を検出しようとします。2つのモードを使用できます。

  • 「Fixed εr obtained by transmission phase」はtan δのみを最適化し、比誘電率は固定のまま維持します
  • 上記が選択されていない場合、オプティマイザーが比誘電率を向上させる自由度が増します。伝送位相から計算された比誘電率が初期値として機能します

どちらの方法でも、多くの材料で非常に近い結果が得られます。伝送位相はかなり正確に測定できるため、最適化のスタート地点に常に適しています。

図6:誘電率値が固定の場合の最適化結果
図6:誘電率値が固定の場合の最適化結果
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周波数応答の測定値と計算値は、最適化の実行後にプロットして参考にできます。「Opt. Result」を表示するプロット機能は、測定した材料の周波数応答だけでなく、先に計算された材料特性を使用して仮想材料の周波数応答もプロットします。オペレーターは、両方の手法について結果の妥当性を確認する必要があります。図6と7に、出力されたグラフを示します。図6は、伝送位相から得られた誘電率を固定して作成したものです。図7は、最適な周波数応答を得るために誘電率と誘電正接(損失係数)の両方を最適化して作成したものです。事前にR&S®QAR50で測定された材料を使用して、損失係数を予測しています。

図7:誘電率と損失係数を最適化した場合の最適化結果
図7:誘電率と損失係数を最適化した場合の最適化結果
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この例では、誘電率と損失係数の両方を最適化した方がわずかに適しています。

図8:εr=2.51、tan δ=0.0012の材料シートのRFシミュレーション結果
図8:εr=2.51、tan δ=0.0012の材料シートのRFシミュレーション結果
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層最適化ツール

誘電率計算機の右側にある層最適化ツールは、複数の塗料層をシミュレートして、層の厚さの違いによる効果を評価するのに役立ちます。

スタート/ストップ周波数は、目的のアプリケーションに使用されるレーダーバンドを表します。単層シート用に以前取得した材料パラメータを使用して、部品のデジタルツインが作成されます。層のRFシミュレーションのために「calculate optimal thickness」ボタンを使用できます。サンプル材料と厚さの計算結果を図8に示します。

図8では、単層シートの最適な厚さは2.47 mmです。この厚さは、塗装されていないレーダーカバーに適用されます。簡単にするために、3つの層(プライマー、塗料、コーティング)を適用せずに単層を基材に塗装するものとします。追加される層の厚さd=20 μm、εr=15、tan δ=0.02です。この層は、自動車業界で一般的に使用されている塗料を表します。

図9:追加の塗料層を含むシートのシミュレーション
図9:追加の塗料層を含むシートのシミュレーション(d=20 μm、εr=15、tan δ=0.02)
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課題は変わらず同じです。必要なのは、単層の塗料に最適な基材の厚さです。RFシミュレーションツールに層を追加した後、図8に表示されているのと同じ計算を実行できます。塗料層の厚さは固定で、基材層に最適な厚さを求めたいと仮定します。図9に、RFシミュレーション結果を示します。

図10::比誘電率が2.5、厚さが2.48 mmのシミュレート済み層の周波数応答
図10::比誘電率が2.5、厚さが2.48 mmのシミュレート済み層の周波数応答
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層が薄いにも関わらず、シミュレーションでは誘電率がかなり高いことがわかります。塗装されていないシートの2.47 mmに代わり、2.31 mmが最適な厚さになります。残りのすべての層にも同じ手順を実行して、バンパー(またはその他の層)の厚さを最適化できます。

プロット上で特定の厚さのポイント上にマウスを当てるか、または「n」を押すと、別の便利な機能をオンにできます。これにより、その特定の厚さに対応する周波数分解プロットが作成されます。

図11:先に紹介した簡易レーダーカバーの一般的な取り付け角度のシミュレーション
図11:先に紹介した簡易レーダーカバーの一般的な取り付け角度のシミュレーション
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図10に掲載されているシミュレーション結果は、さまざまな厚さとシミュレーション角度に対して計算できます。簡易塗装シートにこだわるならば、レーダーに対するカバーの取り付け角度が性能に影響します。誘電率計算機ソフトウェアを使用して、この影響を判断できます。

取り付け角度を10 °から20 °(一般的な自動車の取り付け角度)まで変化させると、入射角の影響が明確に現れます。

入射角と、入射角に対する電界の偏波は、最適な厚さと最適化に影響します。誘電率計算機を使用して、入射する電磁波の偏波角の影響をシミュレートできます。0 °は、入射面と入射電波による電界との間の垂直偏波に相当します。

まとめ

誘電率計算機にR&S®QAR50を組み合わせれば、無線の材料特性評価に最適なツールチェーンになります。伝送損失、位相、反射の測定値に基づいて、被試験材料の比誘電率と損失係数を計算できます。

パワフルなRFシミュレーションを使用すれば、車載用レーダーの周波数範囲に適合したレドームに対してすべての層の厚さを適応させることができます。

誘電率計算機ソフトウェアは、R&S®QAR50のウェブサイトから無料でダウンロードできます。

www.rohde-schwarz.com/de/software/qar50/