2章:実行犯の特定(IP電話用ケーブルの電流測定)

さて、前章で説明したようにノイズ測定は推理小説と同じようなステップをたどります。ここでは身近なIP電話の測定対象に、実際のノイズ測定の流れを紹介しましょう。

1:ケーブルの電流測定(実行犯の特定)
2:大きい近磁界プローブを用いた測定(真犯人と実行犯の接点の洗い出し)
3:小さい近磁界プローブを用いた測定(真犯人の特定)
4:差動プローブを用いた測定(真犯人の犯行の動機)

※ストーリにあわせて図をスライドして読み進めてください。

図1 今回測定したIP電話と測定系
図1 今回測定したIP電話と測定系
図2 IP電話の遠方界でのノイズ測定結果
図2 IP電話の遠方界でのノイズ測定結果

まず測定に用いたIP電話を図1に示します。制御モジュールはカバーがされておらず、メインのボードには電源供給ライン、受話器や画面との接続コードと2本のLAN(ギガビット・イーサネットとパワー・オン・イーサネット)が接続されています。メイン・ボードには、DDR2メモリ搭載のプロセッサ複合体、L2スイッチ、ギガビット・イーサネット物理層が2個、DC/DCコンバータ、画面インタフェースのドライバ、およびSPIインタフェース(ハンズフリー・モードなどを実現する拡張アナログ回路との接続)を備えています。

IP電話の遠方界でのノイズ測定結果を図2に示します。なお、この実験では測定結果から解析に至るまでを分かりやすく解説するために、IP電話に細工を施しています。

規格として用いたのは欧州規格EN 55022(図の赤線)で、国際規格CISPR22から派生して修正された情報通信機器に関して適用される規格です。図2から明らかなように、接続状態では250 MHz、375 MHzで規格のレベルを超えるスプリアスが観測されています。また250 MHz付近には規格を超えてはいないものの、広域なノイズが観察できます。ここで、ノイズを放射する実行犯に当たりをつけます。

目安として、最も高い周波数のノイズの波長λに対してλ/4の長さの素子がノイズを放射するアンテナ、すなわち実行犯の可能性が高いです。今回のケースでは375 MHzのノイズが最も高い周波数なので、その波長80 cmを1/4倍した約20cmの長さの素子が実行犯となりえます。ボード上に13 cmにも及ぶ大きさの素子がないことから、ケーブルが怪しいということになります。ここでケーブルが実行犯の可能性が高い仮定して、電流を測定します。

図3 受話器-本体間のケーブルの測定結果
図3 受話器-本体間のケーブルの測定結果
図4 青いLANケーブルの測定結果
図4 青いLANケーブルの測定結果
図5 Max Hold機能を用いた測定結果
図5 Max Hold機能を用いた測定結果

次にローデ・シュワルツのEZ-17電流クランプを用いて、ケーブルの電流を測定します。図1に示すように、RTOオシロスコープに電流プローブ(青いケーブルをはさむクランプ)を接続することで、ケーブルからのノイズが測定できます。FFT機能を用いて時間軸上で電流値を確認しつつ、ケーブルから漏れるノイズを捉えることができます。この機能を駆使して、まずはIP電話に接続する全てのケーブルから放射されるノイズで、最大のものを特定します。

最大レベルが観測されたのは、本体と受話器を接続するケーブルです。その結果を図3に示します。遠方界での測定と同様に、375 MHzでのスプリアス、250 MHZ付近での広域ノイズが観測されたため、まずは実行犯の第一容疑者とします。

また接続されるLANのうち、青いケーブルを測定した結果を図4に示します。こちらも同様に375 MHZと250 MHZでスプリアスが観測されています。360 MHZ付近に広域のノイズが観測されていますが、遠方界で強く観測されなかったため、ここでは問題になりません。ともあれ、このケーブルは実行犯第二容疑者とします。

ちなみに、電流プローブをケーブルに沿って動かしてスプリアスを測定する必要があるのでは、と考えた読者の方もいらっしゃるかと思います。もちろん、電流プローブを動かして、最大レベルのノイズが発生している箇所を特定する必要があります。このときに便利な、Max Hold機能とマスク試験機能がRTOオシロスコープにはあります。Max Hold機能では、電流プローブを動かしていく中で、最大のスプリアスが放射されたレベルを保持して表示し続けることが出来ます。ケーブルの片道分だけ電流プローブを動かすことで、図5のような結果を得ることができます。そして、捉えたいスプリアスに対して高機能FFTの章でご紹介したマスク試験を行うことで、最大レベルのノイズが放射されている箇所がわずか1往復で特定できます。マスク試験はタッチパネルで簡単に設定できるだけでなく、設定したマスク内にノイズが入った際に音を鳴らすこともできるため、測定波形をわざわざ確認必要がなくなり、プローブによるノイズ検知作業に集中することができます。

図6 図3の測定結果を得た時のケーブル測定位置
図6 図3の測定結果を得た時のケーブル測定位置

今回の測定では図6、図7に示すようなIP電話本体に近い場所でのスプリアスが最大となりました。その時の測定結果が図3、図4です。

図7 図4の測定結果を得た時のケーブル測定位置
図7 図4の測定結果を得た時のケーブル測定位置

以上で実行犯の容疑者候補が、受話器とのケーブルと青のLANケーブルであることがわかりました。次の章では真犯人となりそうな素子たちとの接点を洗い出します。

rto6-oscilloscope-application-image-rs_200_14553_1280_720_12.jpg

New! オシロスコープ入門書ダウンロード

オシロスコープは、間違いなく、電子技術者が使用することを目的として作成された最も優れたツールの1つです。現代のアナログオシロスコープの作成から50年以上の間に、オシロスコープ、オシロスコープの動作原理、使用方法、オシロスコープのアプリケーション固有の動作例に関して、何百もの有用な文書や何千もの記事が書かれてきました。