DC-DCコンバーターの伝導性エミッション – シミュレーションと測定の役割

DC/DCコンバーターのEMIフィルターの設計では、シミュレーションが大幅な時間削減につながります。電源制御チップメーカーは、プロトタイプハードウェアの入手前にフィルターシミュレーションについて設計上の合理的な選択が行えるように、さまざまなフィルター設計ツールを提供しています。しかし、シミュレーション対象モデルが正確でない場合や、すべての関連コンポーネントをカバーしていない場合、ツールによってシミュレーション結果が大幅に異なる場合があります。そのため、シミュレーション対象のEMIフィルターの実効性を評価するためのハードウェア測定が不可欠です。

R&S®RTO6 オシロスコープ
R&S®RTO6 オシロスコープ

課題

測定は、最初のハードウェアプロトタイプを入手するまで行うことはできません。そのため、電源制御チップメーカーは、ハードウェア入手前に結果を得る手段をデザイナーに提供するために、さまざまなEMIフィルター設計ツールを提供しています。とはいえ、シミュレーション対象モデルが常に実際のハードウェア実装と異なるのが実情です。そのためデザイナーは、シミュレーション対象の設計の実効性を評価するために、ハードウェアを測定する必要があります。そこで求められるのが、適切な測定ツールです。

過去数十年間、さまざまなチップメーカーがWeb上に無償の電源シミュレーションツールを公開しており、その数は急増しています。この傾向から、電源デザイナーは、何らかの測定のために最初のプロトタイプを入手する前に、設計のコンセプトを深める機会を得ることができます。こうしたアプローチを経ることで、デザイナーは開発の初期段階で設計のさまざまな側面を十分に理解することができます。デザイナーはこうして設計判断への自信を深め、それがより信頼性の高い設計へとつながります。シミュレーションによるアプローチは、開発サイクルの短縮にも寄与します。

パワー損失計算、制御ループシミュレーション、負荷過渡シミュレーションは、電源シミュレーションツールが提供する一部の機能に過ぎません。Analog Devicesの無償のLTpowerCAD® II設計ツールは、市場で最もよく使用されている設計ツールの1つです。このツールは、上記の機能以外に、電源設計の伝導性エミッションをシミュレートすることができます。このツールを使用すると、ハードウェアの入手前にEMI入力フィルターを設計、最適化できます。この目的でシミュレーションツールを使用する場合、どのシミュレーションも、主にシミュレーション対象モデルの精度に依存することは明らかです。ここで、デザイナーは、迅速かつ効率的に結果を得るために、モデルの精度と計算速度との間で妥協することを受け入れなければなりません。モデルの精度には限りがあり、シミュレーション結果が現実をすべてカバーすることはありえないため、測定結果とシミュレーション結果とのずれを十分に理解することは不可欠です。このずれは常に存在するため、最初のプロトタイプを入手次第、適切な電子計測器を使用して、シミュレーション対象モデルを検証する必要があります。

ローデ・シュワルツのソリューション

R&S®RTO6 オシロスコープシリーズは、強力なマルチチャネルFFT機能、電源インピーダンス安定化回路(LISN)、適切なグランド基準面により、伝導性エミッションを測定するために必要な精度を備えています。この測定結果を、シミュレーション対象モデルとハードウェア実装との比較の基準として使用します。さらに、このソリューションは、コモンモードノイズを差動モードノイズから分離できるため、伝導性エミッションの測定結果とシミュレーション結果を直接比較できます。シミュレーションツールが提供する結果は、一般に差動モードノイズしか含まないため、この機能は不可欠です。

CM/DMの伝導性エミッションを分離するセットアップ
CM/DMの伝導性エミッションを分離するセットアップ
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測定とデバイスのセットアップ

測定セットアップを右図の「CM/DMの伝導性エミッションを分離するセットアップ」に示しました。デュアルLISN、強力なマルチチャネルFFT機能を持つオシロスコープ、適切なグランド基準面で構成されています。伝導性エミッションを測定し、コモンモードノイズを電源の差動モードノイズから分離するには、2つの測定ポートを持つLISNが必要です。これに代わる方法として、同じ単一ポートLISNを2つ使用する方法があります。LISNの2つの同軸出力を同軸ケーブルでオシロスコープに接続し、オシロスコープで50 Ω入力インピーダンスをオンにして適正なインピーダンスマッチングを確保する必要があります。オシロスコープでは、以下の手順を実行して伝導性エミッションのスペクトラムを測定します。

  • 2つのFFTを選択し、最小周波数、最大周波数、分解能帯域幅を設定します。
  • FFTに対して次の式を選択します。コモンモード(CM)ノイズにはCh1+Ch2、差動モード(DM)ノイズには(Ch2-Ch1)÷2
  • タイムドメインウィンドウで垂直感度を調整して、被試験デバイス(DUT)の電源がオンになったときに入力チャネルがオーバードライブされないようにします。
  • DUTの電源をオフにして、セットアップのノイズフロアを確認するために基準測定を実行し、DUTで発生するノイズと区別できるようにします。
  • 電源をオンにして、測定を行います。DUTの既知の伝導性エミッションリミットを基準にして結果を検証します。LISNによって追加されるあらゆる減衰を考慮します。次のケーススタディでは、すべての結果に対して10 dBの減衰を仮定しました。

アプリケーションのケーススタディ

LTC3310 DC/DCステップダウンコンバーターを特長とするAnalog Devicesのデモンストレーション回路(DC3042A)を測定セットアップ用に選択しました。このボードの入力電圧は5 V、出力電圧は1.2 Vです。出力は適切な抵抗を搭載し、6 Aの定電流を取得します。コンバーターは、スイッチング周波数2 MHzで動作するように設定されています。このボードは、同期降圧トポロジのEMIが非常に小さいことが特長です。LTpowerCAD® II設計ツールでこの回路を適切にシミュレーションするために、このハードウェアをシミュレーションファイルにコピーして、ハードウェア設定をできるだけ再現しました。さらに、別のシミュレーションファイルを作成し、Analog DevicesのLTspice®で実行しました。寄生成分の指定など、ユーザーの自由度の高い代替のシミュレーションエンジンを評価することが目的です。

EMI入力フィルターのコンポーネントと入力構造
EMI入力フィルターのコンポーネントと入力構造
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シミュレーション

回路図(「EMI入力フィルターのコンポーネントと入力構造」)は、EMI入力フィルターコンポーネントを含む入力コンポーネントの設定ウィンドウを示します。ユーザーは、さまざまなメーカーの各種コンポーネントで構成された内蔵のライブラリから、必要なコンポーネントを選択することができます。コンポーネントが入手できない場合、そのプロパティを手動で定義できます。設定後、更新ボタンを押して計算処理を開始すると、最初のシミュレーションの結果をすぐに取得できます。

伝導性EMIのシミュレーション結果(LTpowerCAD® II設計ツールを使用)
伝導性EMIのシミュレーション結果(LTpowerCAD® II設計ツールを使用)
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伝導性エミッションのシミュレーションのスペクトラムが後述の図(「伝導性EMIのシミュレーション結果(LTpowerCAD® II設計ツールを使用)」)のように表示されます。さらに、デザイナーが対応しなければならないEMI仕様に基づいてリミットラインを選択できます。このツールには、EMIのグラフ以外に、EMIフィルターの減衰とインピーダンスのグラフもあります。フィルター設計を安定度の点で最適化するときには、これらもモニタリングすべき重要な側面です。

LTpowerCAD® II設計ツールは、多くの貴重な情報を得ることができる一方で、考慮すべき制限事項もいくつかあります。

  • このツールのEMIフィルターシミュレーション機能は特定の構造や回路を生成するものの、より高度な構造を指定する機能は限られています。例えば、構造の任意のポイントに別々の値で追加できる高周波のセラミックバイパスコンデンサの数は限られています。
  • PCBの寄生成分を指定できません。

フェライトビーズなどの一部のコンポーネントタイプは、ライブラリからは選択できず、単純なインダクターとして設定する必要があります。

対照的に、LTspice®ツールは柔軟性が高く、任意のコンポーネントタイプを持つほぼすべての回路を指定できます。必要な寄生結合成分を指定すれば、コモンモードノイズでさえシミュレートできます。LTspice®では、回路のEMI動作をより深く理解できますが、関連するすべてのコンポーネントを指定するには、より多くの労力と知識が必要であり、シミュレーションの実行時間も長くなります。

LTpowerCAD® II設計ツール、LTspice®ツール、測定から得られた結果

LTpowerCAD® II LTspice® 測定
フィルターなし 68 dBµV 62 dBµV 58 dBµV
EMIフィルター 22 dBµV 22 dBµV 32 dBµV
伝導性EMIの測定結果
伝導性EMIの測定結果
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測定

シミュレーションで使用したコンポーネントを用いて、評価用ボードで伝導性EMIを測定しました。測定したスペクトラムとシミュレートしたスペクトラムを直接比較できるように、コモンモード/差動モードの分離を行いました。スクリーンショット「伝導性EMIの測定結果」の上のウィンドウは関連する差動モードノイズ、下のウィンドウはコモンモードノイズを示します。コモンモードのスペクトラムはこの設計では大きな役割を果たしていないものの、アイソレートされた電源の設計といった他の設計では、最適化されたEMIフィルターを作成するうえで貴重な情報となる可能性があります。

シミュレーション結果と測定結果とのずれ

シミュレーション結果と測定結果とのずれ(上の表を参照)については、複雑さを軽減するために、このスイッチングコンバーターの基本波周波数でのみ確認しました。スイッチングコンバーターの基本波周波数として、2 MHzを選択しました。さらに、EMIフィルターがある場合とない場合でシミュレーションを行いました。

LTpowerCAD® II設計ツールの場合、上の表から、測定結果とのずれは、EMIフィルターの有無に関係なく約10 dBであることがわかります。この差は主に、シミュレーション対象のPCBに寄生成分と高周波デカップリングキャパシタが含まれていないことが原因です。シミュレーション回路内のいずれかのキャパシタに直列インダクタンスや直列抵抗などの寄生成分がある場合、特に高い周波数ではEMIに大きな影響を与えることが示されています。

LTspice®ツールの場合、シミュレートした回路が実際の評価用ボードにより近いため、より良い結果が得られました。とはいえ、ここで説明したシミュレーションの場合、関連するPCBコンポーネントがまだ含まれておらず、不明だったため、多少のずれは予測されていました。インダクターやキャパシタなどのリアクティブな素子が正しくダンプされない場合、LTspice®ツール・シミュレーション・エンジンは発振する傾向があります。これは必要な微調整作業であり、安定したシミュレーション結果を得るには、ユーザー側にいくらかの経験が必要になります。その一方で、LTspice®などのシミュレーションツールは、寄生成分を含む電気回路を定義できるため、より高度なシミュレーションを実行できます。最も重要な寄生成分を指定するために労力が増えることと、シミュレーション時間が長くなることをデザイナーが許容できれば、このツールの方がメリットが大きいと言えます。

まとめ

開発の初期段階、最初のプロトタイプを入手する前であっても伝導性エミッションに関する設計を評価したいデザイナーにとって、結果が示すように、伝導性エミッションのシミュレーションは非常に有効かもしれません。しかし、ハードウェアの測定準備が整い次第、測定結果に基づいてシミュレーション結果を検証する必要があります。それによって初めてデザイナーは全体像を把握でき、その後のステップに自信を持って進むことができます。マルチチャネルFFT機能と高確度が特長のR&S®RTO6 オシロスコープを基盤としたローデ・シュワルツの測定ソリューションを使用すると、最初のプロトタイプに基づいてシミュレーション結果を検証することができます。

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